男闘呼組2023 THE LAST LIVE 京都レポ(挨拶一部のみ)

突然語りだした健一さん。よほどの思いがあったのでしょう。前日には、著名人の自殺という悲しいニュースもありました。いつも必ず世界平和について、健康について、話していた健一さんでしたが、この日は違っていました。皆さんにどこまで正しくお伝えできるか分かりませんが、健一さんのお話の要旨を先行してアップします。どのような背景があって、どのような思いをもってお話をされたのか、ご本人にしか正確なところは分かりませんので、淡々と事実のみをお伝えしたいと思います。

健一さん最後の挨拶

「貴重な時間を皆さんと一緒に過ごして感謝しています。みんながいなかったら俺たちもいなかったんじゃないかって思っています。再始動してから1曲1曲様々な想いを込めて演奏している。同じように1曲1曲の中にみんなの色んな思いが詰まっていたみたいで、俺たちの姿にみんな感動してくれて、そういうみんなの色んな感情がこちらにたくさん伝わって来て、本当にありがたいなと思っています。男闘呼組、京都でのライブは最後になってしまうけれど、男闘呼組と言う名前は永遠に残っていくのだと思うし、ジャニーズ事務所がちゃんと残してくれるのだと思います。

ジャニーズというと、今色んなこと言われているけど、山下達郎さんがすごい最もなことをラジオでコメントしてくれていた。その中で男闘呼組の再始動の話を俺たちの名前を出してしてくれた。再結成を喜んでいたんだけど、たまたまコメント欄読んでいたら、達郎さんを叩いている人がいた。ダメでしょ。達郎さんだよ?聞いたことある?達郎さんを叩くなら俺たちを叩けって話ですよ。俺たちが最初に(ジャニーズのことを)告発している人を批判しているみたいなことを言っているけれど、そうじゃなくてみんな憶測でモノを言っている人たちが、余計なことを言っている。真実かどうかも分からないのに。そういうことを言っている、そういうところに皆乗っかっているのが分からなくって。俺たちがそんな風になっていたら、今こうしてここにいないし、俺なんか自分の息子(ジャニーズに)入れないし。でも実際にそのような被害にあったという発言をしている人たちがいるから、その人たちにケアしてあげないといけないと思っている。

「目で見ちゃだめさ」の歌の前に言ったけれど、自分たちで目で見たもの、自分たちが信じている人たちの肉声を聞いて、見たその姿を信じてほしいと思っています。俺たちまた4人で京都に戻ってきますから、その時はみなさん会いましょう」

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男闘呼組2023 THE LAST LIVE 大阪(オリックス)レポ

九州ツアーに引き続き、西日本エリアでは豪雨による甚大な被害が出ているなか開催されたライプ。雨の影響を受けるかどうか、ライブの日程は紙一重。ライブは開催されても、交通機関がストップしていたエリアの方は会場まで辿り着けなかったと思われ、チケットを取って会場まで到着するまでの工程をこなしきって、ライブ参戦できることは奇跡とは言わないまでも、いつも冷や冷やします。被害の合われた方へ、お見舞い申し上げます。

さて、オリックス劇場での4公演は、回を重ねるごとにヒートアップし、最後の7/11夜の部に感動はMAXに。

昭次さんが最後の挨拶からステージから退場するまでの間、泣き続けるその姿にこちらももらい泣きすることはこれまで何度かありましたが、今回は健一さんの涙にやられました。。。

挨拶の後半に涙で言葉に詰まった後、なんとか挨拶をし終え、涙を流している時のルーティンとして、後ろを振り返ってタオルのあるところまで移動、顔をタオルで拭いていました。ここまでは、これまでもあったことなのですが、今回はタオルで顔をごしごし拭いた後も涙が止まらないのか、リストバンドで目を拭き、それでは足りずにまたタオルで顔を拭いていました。前を向いて昭次さんの挨拶を聞いている間も、口がへの字になるほどきつく閉じ、手を胸の前に組んで(お祈りのポーズ)で、ずっと昭次さんの挨拶を聞いていましたが、遠くからでも泣いているのはよくわかりました。

このあとパズル歌えるかな・・・と心配になるほどでした。

一方、昭次さんはおそらく健一さんの挨拶中から泣いていたと思われ、挨拶の冒頭から涙声。パズルは歌い切りましたが、ラストの会場への挨拶まわりの際も、ずっと顔を歪めて泣いていました。喜びの涙であることがよく伝わりました。何とか笑顔になろうとするのですが、表情がくしゃっとなってしまい、やっぱり泣き顔に。

そんな彼らの姿を見るたびに、ここに至るまでの大変だった数年間の道のりを想像してしまいます。昭次さんも言っていましたが、解決しないとならない問題がたくさんあったのでしょう。その度に4人+関係者の方が力を合わせることで、この再始動プロジェクトの実現までこぎつけたのだと思います。実現できたうえに、たくさんの全国のファンで各会場が超満員となり、夢に見た光景が目の前に広がっている。。。彼らも感動で涙が止まらないのは当然ですよね。。。特に昭次さんはサラリーマンからの変化ですので。

大阪の4公演は、メンバー紹介での一言はなく、がんがん曲を歌っていくスタイルでした。その効果があって、ものすごいスピード感と熱気でライブは進んでいきました

最後の挨拶から・・・

耕陽さん「今回のツアーはスタート地点が大阪でした。その時、スタートを大阪にしてよかったと言いましたが、途中でまた大阪寄れてもっとよかったです。今回のラストツアー1番公演回数が多いが大阪でした8回。全部超満。男闘呼組は大阪の人に愛されているんだなと実感しました。そして僕も大阪住んでてよかったと思いました!めちゃくちゃ素敵な思い出作ることができました。どうもありがとう!」

健一さん「音を出した瞬間、タイムスリップしてTIME ZONEに入りました(笑) スタジオで内緒で練習していて、1年前の音楽の日で急にテレビで歌ったんだけど、その反響が大きかった。昔を思い出してくれた人、新たに興味を持ってくれる人がたくさんいて、こうして大阪で昨日から4回もやれて、みんなのエネルギーとパワーをもらってなんとか立って居られています。戦争で無意味に命を落としてく人や、生きたくても生きられない人たちがいる中で、こうして生きてられる自分たちは命を大切にして一瞬一瞬を大切に、悔いのないように好きなようにして日本と世界を平和にしていきたい。ライブに来てくれる人たちのような人がいると平和になっていってくれるんじゃないかと思います。40歳過ぎたら人間ドック行って、自分の悪いところを知って認めて、女性は婦人科系をちゃんとチェックして。。って笑いごとじゃないんだよ。周囲の人が病気になる人やがんで亡くなる人がいると、よけいにそう思います。若い人たちは希望をもって生きていればいいことはたくさんある。ここでこうやって生きていること自体が奇跡だから、もう奇跡は現実なんで、そのことを踏まえて・・・(泣)ありがとうございます。また、みんなで戻ってきますので、また集まってください」

昭次さん「4月に大阪から始まったホールツアーは、あっという間にまた大阪に戻って来て、こんなにたくさん大阪のファンに愛されて本当にめちゃくちゃ嬉しいです(泣)まさか50過ぎてDAYBREAKとか秋とかTIMEZONEやるのかって当初は思っていたけれど、今やった方がかっこいいじゃん!みんなも覚えていてくれて、一緒に歌ってくれて、その光景がすごくうれしいです。最高です。この4人との運命の出会い、、10代の頃から出会って、50代で再会することができて、再始動にあたってたくさんのスタッフの方の協力があってここまでくることができました。本当にありがとうございます。みんなこうして集まってくれたことが何よりも幸せです。本当に感謝しています。男闘呼組の活動は終わってしまいますが、俺たちせっかく集まったんで50、60喜んで!、70,80はhappyで、90,100はパラダイスで音楽をやり続けるので、またすぐ大阪に戻ってきます。その時は音を聞きにきてください!」

和也さん「大阪のみんな本当にありがとう!この会館は大阪厚生年金会館でした。俺たちが16歳くらいの頃に初めて大阪でやった時の会場です。そして今日こうやってこの会場でみんなと一緒に過ごせて最高です!本当に集まってくれてありがとう!また必ず会おうね!」

~ライブメモ~

・昭次さんは、自分の好きなアーティストのライブに行く時は、いかに安く早く行けるか考えている。欲しいグッズも並んでも買えなかった経験があるそう。

・噂の昭次さんのヘアスタイルは、左側から見るとソフトモヒカンのように見えて仕方なかったです。

・これまで人生いろいろありましたが、50過ぎて、50,60喜んでます(昭次さん)

・新曲「ザ・ファイター」の演奏の際に、突如現れたラバリスト。4回の公演中、どんどん進化していきましたが、最初は何の為に存在しているのかわからないながら、どうしても視線はラバリストの方へ行ってしまい、歌に全く集中できませんでした。よくよく見ると、あんなもじもじ君みたいな体のラインが完全に出るピタッとした衣装で抜群のスタイルを見せつけいていた2人は本当にすごかった。。最後は健一さんもラバリストと絡んでギターをかき鳴らしていました。

・和也さんから9/6発売のRockon Social ClubのライブBlu-ray&DVD特典が男闘呼組のセルフカバーアルバムが発表されました(のちに公式からミニアルバムであることを発表されています)

・楽屋ご招待は1日目のみ(2階と3階の方が当選!)

・2日目夜の部では、耕陽さんの奥様のともこさんが来場。すぐに会場の皆さんが気づいてライブ前に拍手が沸き起こりました。ともこさん、深々とお辞儀をし皆さんに手を振っていました。終演後、握手を求める人たちに丁寧に対応されていました。

・ジャーニーズ A GO GOのラストで和也さんが転んで尻もちをつくハプニングがあって、ヒヤッとしましたが、大丈夫そうでほっとしました。

・昭次さんはルート17やRolling Thunder Babyなどの曲終わりに高音を持続して出すところが抜群によく、あまりにも長く伸ばしすぎたため、耕陽さんから長すぎ!というツッコミが入っていました

・CROSS TO YOUのイントロで、昭次さんが少しずつ舞台袖に移動して行ったのですが、その移動の仕方がかわいすぎました(両足でケンケンパの「パ」だけを連続でしているイメージ)

・2日目夜のアンコールの昭次さんの衣装は、5月のガーデンで来ていた白の無地タンクトップ。久しぶりのお披露目でした。

・新グッズの白Tシャツ。会場ではまだ販売されていませんでした。

・4人でステージからはけていく時に、肩を組んで1列で歩く姿が感動的でした。



大阪(オリックス)1部セットリスト

1.ジャニーズ A GO GO
2.ルート17
3.CROSS TO YOU
4.自分勝手
5.Burn it
6.翼なき疾走
7.STAND OUT
8.TIME ZONE
9.秋
10.DAYBREAK

アンコール

11.FOXY LADY
12.Rolling Thunder Baby
13.ヨッテタカッテ
14.ザ・ファイター

大阪(オリックス)2部セットリスト

1.ジャニーズ A GO GO
2.Rockin’ my soul
3.Rollin’ in the dark
4.目で見ちゃだめさ
5.BACK IN THE CITY
6.ロックよ静かに流れよ
7.STAND OUT
8.TIME ZONE
9.秋
10.DAYBREAK

アンコール

11.FOXY LADY
12.Rolling Thunder Baby
13.ザ・ファイター
14.パズル

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男闘呼組2023 THE LAST LIVE 長崎レポ

鹿児島から新幹線で移動したのが7/2(日)の夜。その後、鹿児島~熊本は大雨のため各種交通機関が麻痺状態になるほどの大雨となりましたが、無事に長崎へ移動しライブが開催されほっとしました。ライブ当日の長崎市内は、少し蒸し暑さがあったもののほとんど雨が降らず、この大雨の状況下としては天候に恵まれたライブとなったと思います。

九州最後のライブ開催地となった長崎。寂しさよりも楽しさの方が圧倒的に大きかったと耕陽さんが言ったとおり、とても盛り上がることができました。アンコールで前に「Rockon!Rockon!」の掛け声がかかったのも初めてでした。

昭次さんの「31年ぶりの男闘呼組、やっと長崎にたどり着きました!ゴールインしました!」と若干意味不明な発言に、耕陽さんが「7泊8日のゴールイン?」と突っ込まれていました。久しぶりの旅行で、スーツケースをガラガラ引いたり、フェリー乗ったり、遠足みたいで楽しかったそうです。長期間のライブ遠征を「旅行」と言う昭次さんは、ホテルで裸で過ごしているとのこと。なぜならホテルでしか一人になれないからと。つまりは裸になりたいのだけれど、長時間一人になる時間がないため、ライブ遠征でのホテル時間に裸を満喫するということなのでしょうか(笑) そんなリラックスした「いで立ち」できっと読書をしているのだと想像しました。

健一さんは、ファンの行動を制御するためにロープをもってステージ下で待機している会場のスタッフに、もうちょっと下がってあげてよ、と言ってあげていました。本当に優しい。。私は1列目だった時に、この警備員のお兄さんの頭を思いっきり拳で叩いてしまった経験あり、、、

耕陽さんのソロピアノの際のライトは、何方向かから照らされるのですが、1筋だけオレンジ色なんです。青の中に1筋だけオレンジが混じることで、とても暖かい配色になることに気づきました。

DAYBREAKの大サビをセンターで歌う昭次さんに和也さんと健一さんが両側で向かい合ってギター、ベースをかき鳴らす中、「この俺の全て賭けて愛を誓いたい~」でピックのネックレスをぎゅっと強くにぎりしめた拳を顔の前にかかげる姿は、何回見ても胸が熱くなります。

和也さんが、去年の音楽の日からあれよあれよと言う間に、このような盛り上がりを見せて、本当に夢のような1年だったと振り返られています。8月に男闘呼組は解散してしまうけれど、俺たちこれからも4人で音楽を続けていくからと力強く言ってくれたことが嬉しくて。「4人で」という言葉はパワーワードです。

耕陽さん「長崎最高!九州最後の長崎は、寂しい気持ちになるのかなと思ったけれど、そんな気持ちにさせてくれないから!楽しすぎる!逆に32年間ほっといてすみません!8月までこのメンバーでずっとライブを続けていくので。みなさんからもらったパワーを糧に最後まで突っ走って行きます!最後まで見届けてください」

健一さん「何十年かぶりに会って男闘呼組の曲をやろうと思った時、みんながどんな風になっているか分からなかった。昭次とか禿げてるのかな、、、禿げててもまあいいか。耕陽、太っちゃっているのかな。和也にはいきなりからまれるのかなとか思ったりしたけれど全然そんなことはなく、27年ぶりに音出したら当時の時間がよみがえった。それで前よりも今の方がめちゃくちゃ元気だったから、スタジオで遊んでいるだけじゃなく、3年後のデビュー35周年に向けてライブを届けたいと思うようになった。必死にみんなで内緒に練習してた。それで音楽の日にばっと出たけれど、それまでこんなに盛り上がると思っていなかった。ここに居る人達も、その時まで俺たちのことを忘れていたんだと思う。あー、こんなんいたな~みたいな。(会場からそんなことないよ!という声が上がると)ずっと思ってくれていた人がいるのも分かっているよ・・・」

昭次さん「30数年ぶりに男闘呼組で長崎でライブができるなんて夢のようです。今回が1番長い旅だったけれど、旅行の最後の長崎に来られてよかった。10代で出会って、50過ぎてから、20数年ぶりに再会して、そこから3年くらいかったけれど再始動ライブできるなんて本当にびっくりしました(涙)ライブは自分たちがいくら頑張っても、みなさんが来てくれないとできない。約30年ぶりにも関わらず、こんなにもたくさんの方たちが長崎に来てくれて本当に嬉しいです。今の方がステージから見た客席の光景が素敵で、みんなの笑顔とパワーがすごくて、しびれるくらいハートが揺さぶられているくらいの状態でライブ終わった後も余韻が続いています。ぼくらせっかく集まったので音楽はずーっと死ぬまで続けていきますので、皆さんも長生きしましょう」

昭次さんのラストの挨拶で、支えてくれたスタッフの方たちへ感謝の気持ちをいつも伝えていますが、和也さんがその際に、上手と下手の舞台袖にそれぞれ向かって、深々とお礼をしていました。呼人さんがラジオで言っていましたが、本当に礼儀正しい方なのですね。

「九州最後の男闘呼組、最後にみんなで歌わないか?俺たちが再び結びついた「パズル」を」と和也さんがいつものような心に染み入る声で会場全体に呼びかけて、最後の曲「パズル」が演奏がスタートしました。

来週は2度目の関西でのライブですが、凄まじいスケジュールなので体調面が不安になりますが、みんなのパワーで乗り切ってほしいです。そしてまた感動的な時間となることを心から願っています。



長崎セットリスト

1.ジャニーズ A GO GO
2.ルート17
3.Rockin’ my soul
4.Rollin’in the dark
5.CROSS TO YOU
6.ロックよ静かに流れよ
7.Midnight Train
8.STAND OUT
9.TIME ZONE
10.秋
12.DAYBREAK

アンコール

12.FOXY LADY
13.Rolling Thunder Baby
14.THE FIGHTER
15.パズル

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男闘呼組2023 THE LAST LIVE 鹿児島レポ

大雨が続く中、移動の不安がありましたが、皆さん無事に会場に着かれたようでよかったです。

鹿児島ライブは、開始前から異様な盛り上がりを見せていました。まだ会場が暗くなる数分前から会場で手拍子が起こり、メンバーの登場を今か今かと待ちわびる雰囲気があり、1曲目のジャニーズA GO GOで4人の姿がスポットライトで照らされた瞬間の歓声はどの会場よりも大きく熱気を帯びたものでした。なぜそのような状況が作り出されたのか・・・分かりませんが、当日のインスタライブでも3人が鹿児島のライブ開始前の話は触れていましたね。当然ステージ裏にも会場の手拍子が聞こえていたと思います。

耕陽さんの従兄弟にあたる「野口たくお」さんが赤ちょうちん前に特別ゲストとして参加され盛り上がりました!地元のタレントの方なので、ごめんなさい芸風については全く存じ上げなかったのですが、「将来なんになるの~?」「こーむいーん」のCMをみんなで再現しました。トシさんの時は聞き取れなかった「公務員」がはっきりと聞き取れました(笑)公務員経験のある私からすると、公務員になるというのは確かに安定した生活が手に入りますが、夢がな~いと思ってしました。こちらも、あとのインライで和也さんが公務員は「安定」した職業、俺ら(の職業)不安定とおっしゃっていましたが、不安定な仕事にこそ大きな夢があるのだと思ってしまいます。

鹿児島のライブはこれまでのどの会場とも異なる盛り上がりだったのですが、その理由は初めて男闘呼組ライブにきた方も含めて、会場が一体となって盛り上げることができたことにある気がしています。本当にすごい声援の渦でした。



ライブメモ

・高松2部からですが、「DAYBREK」の昭次さんのソロ「俺たちの~夜があける~」は昭次さんがセンターのマイクで歌い、両サイドから和也さんと健一さんが向かい合って演奏をするというスタイルに、その3人の距離感が近く、昭次さんはピックのアクセサリーを手ににぎりしめ、その手を掲げて、男闘呼組とファンのみんなに愛を誓っているように見えました。

・耕陽さんのピアノソロの後、ブラボーの声!和也さんも腕を上げ親指を立てて、素晴らしい演奏を讃えていました

・TIME ZONEを演奏し終わった後に、健一さんと和也さんが交錯してしまいヒヤッとしましたが、問題なく演奏に戻ることができてほっとしました

・Rollings Thunder Babyのラスト、健一さんと昭次さんが膝をついて向かい合ってギターをかき鳴らしたのですが、二人は頭をぴったりくっつけて、心の底から一緒に音楽ができることを喜んでいるように見えました。その頭をくっつけている時間がなかなかに長く、見ているこちらは胸が熱くなりました。

・終わりの挨拶で、恒例のバズーカ砲を耕陽さんが撃ったのですが、不発だったのか、前からの数列目に落下。2発目は遠くにキレイに飛びました。

・楽屋招待の抽選の際に、チケットの半券の文字が老眼で見えず、わちゃわちゃ盛り上がっていました



終わりの挨拶から・・・

「鹿児島は当初のツアーの予定がなかった。残念だなと思っていたけど、願いを聞いてもらって鹿児島でライブができるようになった。でも、鹿児島のみんなが来てくれるかな、楽しんでもらえるかな、と思っていたのですが、そんな心配全然いりませんでした。最後の男闘呼組を目に焼き付けてくれましたか?!胸に刻んでくれましたか?!どうもありがとう!素敵な思い出作れました!」(耕陽さん)

「みんながこうして生きていられることが奇跡的なことなんだと思うこうやってライブをすることは考えてもみなかった。全くやるつもりもなかった。みんなも7月の音楽の日を見て、こんなのいたなって思ったと思う。30年間自分たちの自由すぎる行動とか言動で活動休止になってしまった。今年がデビュー35周年、活動休止になって30周年ということだけど、活動休止になったから今俺たちはここに居るってことです。3年くらい前に再会して、音を出してみようと男闘呼組の曲をやった瞬間から、30年の時間を超えて結構よかったんですよね。。。昭次はサラリーマンを10年くらいやっていたというから大丈夫かなと思ったけど、歌は変わらず歌えるし、ギターもめちゃめちゃ良いし、和也は前以上の気合が入っているし、耕陽は思ったより太っていなかった。」(健一さん)

「俺が思っていたより太っていたらいけなかったの?お陰て9キロ落としました 俺たちアイドルだから。アイドルだと思う人!」(耕陽さん)

「アイドルです」(健一さん)

「みんなと鹿児島で再会できて幸せです。こうして幸せな時間を過ごすほど、戦争で命を落としていった人のことを想う。その人たちの分まで懸命に生きていきたいと思う。」(健一さん)

「鹿児島に着いた瞬間から、鹿児島の漲るエネルギーみたいなものを感じていた。メンバーもリハの時からテンション高くて鹿児島のみんなのパワーを吸収しているんだなと思った。33年ぶりに鹿児島にこれたことは夢にようだし奇跡のようなこと思っています。男闘呼組の出会いと再会に感謝しています。」(昭次さん)

「本当に30年間、待たせてごめんね。でも、俺たちはこうしてまた一緒に音楽をやっています。そしてみんなの前に立っています。本当に幸せです。ありがとう。俺たちを鹿児島に呼んでくれてありがとう!また会おう!」(和也さん)

男闘呼組の曲を聞いていると、その当時起こった出来事が走馬灯のようによみがえってきます。すっかり忘れていたことが突如リアルに脳内でリプレイされることもあり、自分の人生を振り返る機会にもなっています。でも、やっぱり4人が元気で昔のようにすばらしい楽曲を演奏してくれること、美しいハーモニーを聞かせてくれることがたまらなく幸せで、男闘呼組のライブは何度行ってもまた行きたくなる麻薬のようなものだと感じます。

鹿児島公演が33回目のライブにあたるそうで、残りのライブの数を数えると寂しさが募ってしまいますが、限りある男闘呼組としてのライブをこれからも見届けていきたいです。



※おまけ

今日のインライの様子

・健一さんはごはんを何杯もモリモリ食べていました。なぜか椅子にちゃんと座らずに、昭次さんにぴったりくっついてご飯を食べる姿に、普段からこんな感じなのかな~と仲睦まじい様子が確認できました

・健一さんが不思議な座り方をしているために、昭次さんが下から健一さんを見上げる形になったのですが、その上目遣いがかわいすぎでした

・和也さんの髪の毛は外国人のように猫っけで気持ちいいby健一さん

・和也さんは健一さんに髪の毛を触られて気持ちよかった

・(昭次さんの肩をもみながら)オレ、マッサージめちゃめちゃうまい by健一さん

・筋張ったふくらはぎを先生にもんでもらうとマシュマロのようになる by昭次さん

・四国のライブもよかったけど、今日その最高を超えた

・耕陽さんは親戚一同にさらわれたby和也さん

・(ご飯もりもり食べてる健一さんを上目遣いで見ながら)ご飯おいしい?健ちゃん by 昭次さん

・ザビエル談義で盛り上がる三人

・バズーカ一発目は飛ばないように仕込まれていた

・和也さんと昭次さんはアイドルじゃなくロックバンドがいい。健一さんは役者がいい(ロックバンドと言った昭次さんの上目遣いの時の目が三日月になっていました。)

・耕陽さんの親戚には和也さんが一番人気(テンションの高さゆえ)

・と聞くと突如和也さんがTENSION!を歌い出す

・なかなか4人が揃う機会がない。ライブくらい。久しぶりにみんな揃うからいいんだと思う。ずっといたらダメ。ずっと一緒にいたい? by 健一さん

・四六時中はちょっと・・・週に2-3回くらいがいい by 昭次さん

・四国の前に2週間くらい空いて、再会が嬉しかった by 健一さん

・健一さんはローカル番組が大好き。のびのびやってて周りの人たちを困らせてる by 和也さん

・できればあまり東京で人気者になりたくない by 健一さん



鹿児島セットリスト

1.ジャニーズ A GO GO
2.ルート17
3.Rollin’in the dark
4.赤ちょうちんでくらせ
5.YO-YO
6.ロックよ静かに流れよ
7.STAND OUT
8.TIME ZONE
9.秋
10.DAYBREAK

アンコール

11.FOXY LADY
12.Rolling Thunder Baby
13.THE FIGHTER
14.パズル

・ライブ後の楽屋招待は静岡ライブまでずっと続ける

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男闘呼組 2023 THE LAST LIVE 高松レポ

台風ではないけれど、大雨を中国・四国地方が襲った週末。皆さんのお住まいの地域は大丈夫だったでしょうか。

高松ライブの開催された2023年6月30日は、男闘呼組の活動休止となって30年目のmerorial dayでした。

当時どれくらいの方たちが、悲しみの涙にくれたことでしょうか。30年という気の遠くなる時間を経て戻ってきた4人は、昔からのかっこよさはそのままに、メンバーに対して、ファンに対して、そして周囲の方たちに対して優しい気遣いを欠かさない魅力的な大人になっていました。

ステージ上の4人を見つめ男闘呼組の曲を聞いている時間は、当時の自分にタイプスリップする瞬間でもあります。自分が何者なのか、何者になれるのか、不安だらけだった十代でしたが、希望だけは捨てずに前を向いていた記憶があります。思い通りにならない現状に、世の中にの不条理に、子供ながら腹を立てていました。そんな時は、男闘呼組の曲が自分の中での支えでもありました。

1989年は6月28日は「男闘呼組二枚目」がリリースされた日でした。松山でも高松でも、セットリストにこのアルバムからの選曲が多かった気がするのは、きっと気のせいではないはず。

当時、初めてこのアルバムを手にして、1曲目のBurn itを聞いた時の高揚感が忘れられません。二枚目も言うまでもなく男闘呼組の最高傑作の曲がずらりと並んでいるアルバムですが、歌詞が自然と刷り込まれるほど聞いたこのアルバムは、どの曲が来てもいつも一緒に歌える曲ばかりです。ライブでは当時の音をできる限り忠実に再現してくれるのでなんの違和感もなく楽しむことができています。

そしてRockon Social Clubから新曲がリリースになることが発表され、いち早くライブでお披露目となりました。これから夏の陣(7月のライブ)はこの曲を引っ提げて全国回るよ、というようなことを和也さんが言っていましたので、配信が開始される前にライブに参加される方はきっと聞くことができると思います。

そしてもう一つ。

健一さんが支援していたウクライナの友人の仲間がお亡くなりになられたようです。健一さんはそのことをみんなに伝えようとしましたが、言葉にならず・・・行間から状況は伝わりました。その彼のために、特別に「眠りにつく前に」が演奏されました。鎮魂歌となったこの曲を聞くのは、1988の党委きょうでの追加公演の時以来でしたが、また全く異なる風景に見えました。

彼らのプロジェクト「Don’t worry」にもつながる話ですが、自分の意志とは全く関係のないところで命を落とすことになってしまった人たちがいる一方で、自ら命を落としてしまう人がいる現実。絶望に堪えかねて命を絶っていしまう人には、つらいことがあってら逃げていいんだよ、生きる方法は結構たくさんあるものだよ、と伝えてあげたいです。死んでしまう勇気があるのなら、その勇気を生きることに賭けてほしい。どうか一人で抱え込まないで。今生きていられるということは奇跡的なことなのだから。

男闘呼組のライブに参加する度に、人間の生と死について必ず考えてしまう時間があります。それは健一さんがいつもみんなに呼びかけてくれていることだからなのだと思います。過去のつらい出来事を思い出してしまう人もいるかもしれませんが、自分が生きていることの意味を見つめる大切な時間になっています。

呼人さんもおっしゃっていましたが、こんなに人を幸せにできるロックバンドは他にいないと思います。こんなにも素敵な夢をいつもいつも見させてくれて、感謝以外に言葉はありません。



新曲「THE FIGHTER」の紹介をした時の様子です

和也「1993年6月30日、男闘呼組は突如活動休止を発表しました」

耕陽「ごめんなさい」

健一「でもそれがあって、30年後、こうしうてみんなでやれてるんだから」

昭次さんは最後の挨拶で、自分たちの勝手で自分たちのせいで、活動休止してしまったけれど、30年もみんなが待ち続けてくれたことが本当に嬉しいです。と涙しながら話していました。



高松1部セットリスト

1.ジャニーズ A GO GO
2.ルート17
3.CROSS TO YOU
4.Party
5.Burn it
6.翼なき疾走
7.STAND OUT
8.TIME ZONE
9.秋
10.DAYBREAK

アンコール

11.FOXY LADY
12.Rolling Thunder Baby
13.THE FIGHTER

高松2部セットリスト

1.ジャニーズ A GO GO
2.Rockin’ my soul
3.Rollin’ in the dark
4.赤ちょうちんでくらせ
5.YO-YO
6.眠りにつく前に
7.STAND OUT
8.TIME ZONE
9.秋
10.DAYBREAK

アンコール

11.FOXY LADY
12.Rolling Thunder Baby
13.THE FIGHTER
14.パズル

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男闘呼組2023 THE LAST LIVE 神奈川レポ

呼人さんが珠玉の言葉を残してくれた神奈川公演は、1曲目から会場の盛り上がりが最高潮に達し興奮のままにラストを迎えました。

あいにくの雨模様でしたが、ライブ会場は外の天気など忘れてしまうほどの熱気でした。

<4人の横浜の思い出>

和也さん「この横浜には俺たち男闘呼組にはたくさんの思い出があります。ラジオ「男闘呼 DE NIGHT」の企画で、Xと男闘呼組のジョイントライブをやった

耕陽さん「とても盛り上がった。TAIJIさんと昭次が客席にダイブしたりして。。打ち上げのホテルで騒ぎすぎて向こう10年間出入り禁止になった」

耕陽さん「いとしのエリーという映画で、横浜でロケをしました。山下公園に行こうとしたけれど、見つけられず。。。」

健一さん「オレは中学生の時に初めて女のコとデートしたのは元町だった。

昭次さん「山下公園で花火見ました、、レインボーブリッジができた時、車で行きました。」

耕陽さん「隣の誰がいたの?」

昭次さん「あの、単独犯なんで・・・一人でぶらぶらしていた」

横浜の映画祭で新人賞頂きました。という流れから、昭次さんの「かったおっかく~ん」が35年ぶりに再現されました。健一さんが涙でてくる・・とつぶやいていました。



<最後の挨拶から・・>

「絶対みんなも疲れてるでしょ。生きてるって感じするじゃん。最高だぞー!!数年前までは男闘呼組のことは頭になかった。みんなも去年「音楽の日」見て思い出したんでしょ。テレビの力ってすごいよね。こうやって再会して、ライブで同じ時間を楽しんで、最高に幸せです。ライブやってもお客さんそんなにこないだろうと思っていたけれど、とりあえず会場だけは押さえて、1人でもいいから来てくれたらライブやろうって思ってたら、こんなにいっぱい・・・貴重な時間を俺たちと過ごす時間に使ってくれて本当に感謝しています。会った時、俺たち自身もどうなっているか分からなかったし、昭次なんて生きてるかもわからなかった。こうやって元気で生きてる・・・みんなのこれまでの生活がどんなだったかは分からないけれど、色んな事を乗り越えてここに来てくれたのだと思います。」(健一さん)

「みんな最高!バラードがないってこんなに疲れるんだなって思った。ずっと立ちっぱなしで大変です。ツアー始まってから8キロも体重が減りました!痩せると健康になります。腰痛がなくなりました。だからバラードやらなくていい(笑)。明日からずっとノリノリで行きます。今日がライブは折り返し。みんなで楽しく最後を迎えよう!」(耕陽さん)

「ちょうど僕が音楽活動を再開して、横浜のbillboardから始めたのですが、その時はまだ男闘呼組で再始動できるかどうかはわからなかったけれど、こうしてまた音楽の仕事を再スタートできたからには、絶対に男闘呼組で再始動するんだ、という気持ちで東京に出てきて2年半くらい頑張ってきました。10代を一緒に過ごして、また50代に再会するというこんな幸せな恵まれた人生を送れるなんて、本当に幸せです。29年ぶりに男闘呼組が再開して、31年ぶりに神奈川でライブができて本当に幸せです。10代一緒に過ごした8年間は短い時間だったかもしれないけど、80年くらいの密度だった感覚がある。久しぶりに会っても、その頃にすぐに戻れる。こんなにたくさんの男闘呼組ファンのみんなが待っていてくれて本当に嬉しいです。ありがとうございます。」(昭次さん)

「ひとつ終わっていく度に、これが最後のライブなんだと思っています。男闘呼組はデビューしてから35年の年月を生きてきたけど30年は休んでていた。こうして4人が顔をそろえて、みんなの前で歌うことができて感謝しています。ありがとう!8月の最後まで全力で駆け抜けます。また必ず会おう」(和也さん)

プロデューサーを紹介します!という和也さんの紹介で、控えめに登場した呼人さん。これまで挨拶もせずに演奏だけして舞台袖に下がってしまうことばかりだったので、呼人さんが何を話してくれるかとても楽しみでした。

「この4人のことが大好きになっちゃって、会いたくなったってライブ会場に足を運んでいる。

ライブ会場に観客として行くと、ステージに出てよ、ということになって前橋、広島、神奈川とおじゃましている。

10月から一緒に仕事して思うことがあって、、

こーんなに華があって

こーんなに優しくて

こーんなにかっこよくて

こーんなに人を幸せをできるロックバンドを見たことがありません」


その言葉を聞いて、男闘呼組のファンで本当によかったな、本当に幸せなんだなと強く思いました。呼人さんの素敵な言葉はずっと忘れません。

30年・・・やっぱりとても長かったです。みんな一人ひとりに30年いろんな出来事があったと思います。楽しいことだけではなくつらいことも多かったと思います。長く生きれば生きるほど、想像もしないほどのつらいことが起きたりするものです。でもその一方で、想像していなかったような幸せも訪れることがあるのだということをこの1年感じ続けています。これから先、まだまだつらいことが身に降りかかってきたとしても、前を向いて力強く生きていくためのエネルギーを日々いただいています。生きてさえいれば、希望はあるのだから。

男闘呼組の4人が私たちに見せ続けてくれている奇跡の物語をしっかりと心に刻んで、8月25日を迎えたいと思います。

そしてその後に続く新たな物語の誕生を楽しみにしています。


神奈川1部セットリスト

1.ジャニーズ A GO GO
2.ルート17
3.CROSS TO YOU
4.Party
5.目でみちゃだめさ
6.ロックよ静かに流れよ
7.STAND OUT
8.TIME ZONE
9.秋
10.DAYBREAK

アンコール

11.FOXY LADY
12.Rolling Thunder Baby
13.パズル



神奈川2部セットリスト

1.ジャニーズ A GO GO
2.Rockin’ my soul
3.Rollin’ in the dark
4.Party
5.自分勝手
6.Back in the city
7.STAND OUT
8.TIME ZONE
9.秋
10.DAYBREAK

アンコール

11.FOXY LADY
12.Rolling Thunder Baby
13.ヨッテタカッテ

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男闘呼組2023 THE LAST LIVE 広島レポ

悲しい歴史のある街 広島。 平和の象徴の街 広島

男闘呼組活動休止までの間、1987年から毎年ライブで広島を訪れていた4人にって、広島は特別な街だったのだろうと思います。1993年の8月4日にアステールプラザホールでやる予定だった幻のライブ。その当時いくつもりでチケットを持っていた方もたくさん会場にいらしていました。

ライブが終わった後、平和記念公園を訪れました
37年ぶりくらいに訪ねた原爆資料館は、思い出したくない程の悲しい記憶が詰まった、でも決して忘れてはならない人間の過ちを後世に伝えるために昔と変わらず存在していました
健一さんが、この場所で涙が止まらなかったと語っていましたが、原爆によって戦争によって亡くなった方の無念や悲しみが満ちている場所で、戦没者の方の想いが自分の身体の中に入り込んでくるかのようでした。

和也さんは、ライブ2日目の朝の散歩で原爆ドームに行ってきたそうです
演劇隊受難の「移動演劇さくら隊原爆殉難碑」を見てきたとのこと
去年和也さんが出演された「紙屋町さくらホテル」は、このさくら隊の実話を基にした舞台でした

広島のドラムサポートメンバーは、GLAYでドラムを叩いているトシさん!
青山さんとはまた違った重低音の響きが特徴的なドラムでした。

そして熊本ではなかったアコギコーナーが広島では復活!

アコギコーナー前の昔話&雑談コーナー模様です(敬称略)

1日目1部
耕陽「広島はマハラジャと言うディスコに行った思い出がある。昭次はその時、お店のおじさんに怒られたんだよね。」
昭次「その頃行儀が悪くて。。。テーブルの上に足をのせてしまった。。」
和也「なんて怒られたの?」
昭次「お前、なにテーブルの上に足のっけとるんじゃ」
耕陽「広島弁で?」
昭次「(小さい声で)じゃ。。じゃから」
耕陽「行儀が悪かったんですね」
昭次「はい。。今は全くそんなことないです。足どころか手ものっけない」

1日目2部
和也「最近一番やばかったのは、オレと健一のバースデーライブでドッキリを仕掛けられたこと」
健一「耕陽と和也がMCやってたから、まぁいいかなって思って、トイレ行った後に昭次の身体の様子を確認しに行ったんだけど、アジアの壁と言われている巨漢のスタッフに止められた」
健一「昭次どう?って聞いても大丈夫ですしか言わないから、オレちょっと見に行くって言っても大丈夫です!っていうから、ちょっとどけよ!って」
健一「その時ちょうどスケスケの服着てて寒かったから上着を取りにまた舞台袖に行ったら、スタッフが走って来て昭次さん大丈夫です!というから、大丈夫なら1回オレに見せろよ!と言った」
耕陽「その時、昭次はどこも痛くないのに痛いふりして横になっていたらしい」
昭次「脚本は耕陽が書きました」
耕陽「(2人が誕生日を迎えて93か月だけ僕ら同い年になる。この期間はため口きける。命令してもいい」
健一「コーヒー作って」
耕陽「コーヒーだそうです~」

2日目1部
耕陽「昨日のSONGS見ましたか?」
和也「耕陽、めちゃめちゃかわいかったな。」
健一「今もかわいいよ」
和也「今の方がかわいいから。。耕陽、どういうキャラクターなの?」
耕陽「ごめんなさい。全然ついていけてない。。。」
(答え) ひょうひょうとしているのが特徴です

耕陽「Twitterのトレンドが、日本で1位になった!世界で4位だった!」
耕陽「みんなどんなこと呟いているのかと思ってみてみたら、一番最初に出てきた写真がデビンとトシさんだった(笑)」
耕陽「世界の人は男闘呼組はこの2人なんだ!って思っちゃう。(4人に向けて)見た?」
健一「ごめん、Twitter分からない。見れない。基本ガラケーだから」
和也「ごめん、Twitterやってない」
昭次「見ました」

耕陽「昔の映像すごかった!健ちゃん、足ひっぱられてた」
健一「ひっぱられるのもあったし、昭次が飛び込むのもあった。あの頃はすごかった。今はだめなの?」
耕陽「ダメ。当時は自由だった。なんなら足引っ張ってほしいってわざと近づいていってたよね」
健一「好きなの。引きずり込まれるの」
耕陽「これは決してふりでありません」
耕陽「昭次も、よく客席に飛び込んでたよね?」
昭次「(とぼけて)自分から?」
耕陽「危なかったね」
昭次「申し訳なかったです・・・」

耕陽「あの頃は、いろんなものが飛んできた。試しに、前日のラジオで明日は大根持ってきてくださいって言ったら、ステージ上が大根だらけになった」
健一「俺が覚えているのは、レースのパンツ」

ドッキリのための演出で昭次さんはけがをしていなかったこと、健一さんはトイレに行くふりをして様子を見に行っていたことが分かって、安堵の気持ちが湧きあがると共に メンバーがお互いを思い遣る気持ちに感動しました。
全く想定していなかったMCの時間を和也さんはさすがのトーク力で乗り切っていました
健一さんの昭次愛は相変わらずで、昭次さんのことを心底心配していた様子が分かり、心が温まる美しいエピソードの1つになりました。

2日目2部の赤ちょうちん前の寸劇は、耕陽さんは、健一さんのお父さんという設定でした
健一さんを見るなり、耕陽さんが「健一!」と叫ぶのですが、健一さんは「俺いまメアリーになったんだ」といい、ワンピースはおなごが着る服だと突っ込まれると
「25年くらい前におなごになったんだよ!」と伝えた上で和也さんをフィアンセと言って紹介しました。
耕陽さんは「父ちゃんそんな子供に育てた覚えはない」と動揺するのですが、健一さん演じるメアリーが「時代は変わったんだよ」と説得します
耕陽さんが「愛し合っている証拠を見せてくれ」と言うと、健一さんが和也さんの熱いキスを交わします
昭次さんに気づいた耕陽さんが「あんた誰?」と問いかけると昭次さんは「ミネサです」と答え、「仲人で来たんだけど、お父さんがタイプ」と言って
耕陽さんにキスをしました
耕陽さんは「もう好きにして~、私めろめろ~、みんなと代わってあげたいわ~」と言って笑いを誘っていました


最後の挨拶

健一さん
「みんな最高!ここに来てよかったです。
また再会して、ライブするなんてことは考えていなかった。だけど、再開した瞬間に会ってなかった時間を感じなくて、先のことしか見えない友情みたいなものが生まれたりした。
友情とか青春とかって、10代の子たちのものかと思っていたけれど、50代過ぎても青春はやってくることに気づいた。
みんなも青春真っ盛りだね。
何かしら希望をもって元気でいれば、これから人生いいことが訪れるんだということを皆さんのおかげで確信できました。
ありがとうございます。
広島最後のライブは、思い残すことはないくらい出し切った。
広島原爆資料館にいったんだけど、もう涙がずっと止まらなくて・・・入ってからずっと。。
何も悪いことしてないのに、笑顔でずっと過ごしていたのに。。
戦争に無関係の人たちが命を落としているのを見て、この人たちのためにちゃんと生きないといけないなと思っている。
50も過ぎると、いつ死んでもいいや、と思うようになるんだけど、それはいつ死んでいいくらい毎日悔いの無いように生きていきたいということ。
でもそういった中で、男闘呼組とまた出会って、この広島でみんなと幸せな時間を過ごせている。
いまこうやって広島のこの会場で過ごせていることは奇跡的なことだと思います。こうやって生きていること自体が幸せなんだと思います。
生きたくても命を落としてしまう人たちもたくさんいる中で、こんな風に最高の時間を過ごせたことを感謝します。本当にありがとうございます。
93年に来れなかった会場でライブをやることして、お客さんが3人でも4人でもやろうと決めていたけれど、まさかこんなにたくさんに人たちが集まってくれると思っていなかった。
これから俺たち音楽をやり続けるので、また会いましょう!本当にどうもありがとう」

昭次さん
「つらいことを乗り越えた先には、希望や未来が待っていると思う。だからこそ、この4人と再会できることができたと思う。
93年に来るはずだったこの会場に、30年たってようやく男闘呼組として戻ってこれた。
男闘呼組のメンバーとの出会いと再会と、みんなとの再び巡り合った絆の深さを感じています
27年ぶりに会った時はできるのかな?と思っていたけれど、今思えば男闘呼組は自転車みたいなものだなと。
自転車って1度乗り方を覚えたら忘れないじゃないですか。
ちょっとサビてきた時はKURE556を使って(笑)
再会できて本当によかったです!広島最高です
男闘呼組スピリッツを引き継いで、また戻ってくるからまた会いにきてほしい
それまで元気で!みんな長生きしましょう!」

耕陽さん
「31年前は広島での公演は1回だったと思う。それが2日間昼夜計4回。広島そんなにお客さん来るのかな?ってものすごく不安だった。
広島2日間4公演。全ての公演が満員で、みんなすごく盛り上がってくれて、、ありがとうございます。
ステージから客席を見て嬉しいのは、お客さんが喜んでいる姿を見せてくれること
また4人で活動を再開できて、その姿を見させてもらえて、いまとても幸せです
地元のお客さんにあたたかく迎えてくれたことをこれからずっと忘れることはありません
ありがとう!
いつまでも男闘呼組を愛してください!」

和也さん
「この広島は、忘れることができない悲しい記憶の街です。
ぼくらは芝居や音楽を通じて、世界が少しでも平和でみんなが幸せに生きていけることを願っています。
時々、やんちゃなことも言ってしまうけど、心の底でいつもみんながみんなと一緒に平和に幸せに過ごせるようにと。
また、こうして4人で舞台に立てるということは、神様がくれた最後のチャンスだと思います。ねぇ。。
みんなと出会えていることも、本当に今しかできないこの瞬間にしかないかけがえない時間だと思う。
8月で解散するけど、でもこの4人の友情はこれからもずっと続いていきます。
そしてファンのみんなとの絆もずっと続いていきます!
ほんとに。。。名残惜しいよ。。。(涙声)最高の2日間だった。。
みんなと過ごしたこと忘れないぜ!
こうやって男闘呼組がまた集まって、広島でライブができることに感謝しています。ありがとう!
また、あおう!約束だよ!」

和也さんの言葉は、アドレナリンが出まくっている時の、テンションMAXの時とは全く異なり、本当に静かに心に染みわたります。。
その言葉を紡ぎ出す間合い、美しい声、優しく思けやりの言葉・眼差しで、私たちの心をつかんで離さないのです
愛情を全身で表現することができる人なのだと改めて感じます
若かった頃は無鉄砲な一面があった和也さんですが、50代になってこんなにも愛情あふれる面を見せてくれて本当に嬉しいです。

ライブメモ

・時々、やんちゃなことも行っちゃうけど、いつも思っているのは、みんなと一緒に幸せに生きていること。それを心の底でいつも思っている
・数年前まで男闘呼組のことは全く考えていなかった、30年の空白の時間、みんなも忘れていたと思う、と健一さんが言うと会場から「そんなことないよ!」と言う声が飛びました
 つかさず「ずーっと思ってたわけじゃないでしょ、正直に行こうよ(笑)。たまたまテレビつけたらやっててそれで思い出したんでしょ。あ、そういえば好きだった!みたいな。」(健一さん)
・今日平日の昼間だけど、仕事とかみんな大丈夫?(健一さん)
・30年の時を経て、みんなが丸くなった男闘呼組の・・あ、体型的にじゃないですよ((笑)(耕陽さん)
・(パズルに入る前)最後にみんなと一緒に歌いたい歌、、、みんなもうわかるよね?(和也さん)
・メンバー紹介の際に、前日夜がSONGS放送日だったこともあり「こう見えても努力家です!」と言った昭次さん、「諦めない気持ちが大事です!」と言った和也さん(笑)
・俺たちはいつもステージに命かけてるぜ!今日も命かけるぞ!(昭次さん)
・最終公演のようなノリだよ!(和也さん)
・SONGS今期最高視聴率ですって(和也さん)
・だから今の方が俺ら人気があるんだって、、でも来週(視聴率は)塗り替えられるかもしれない(健一さん)
・(会場が静かになると)この無音の状態が好きなんだよ(健一さん)
・広島では「丸くなるな!星になれ!」が、もみじ饅頭の形に見える(耕陽さん)
・「丸くなるな!もみじ饅頭」(和也さん)※もみじ饅頭と言いながら、いつもの動きを披露

広島で最後の公演(2日目2部)では前橋に続いて呼人さんが飛び入り参加!
和也さんに「寺岡呼人!地元!From福山!」と紹介されると、「ブッチかっこよかったぜ」と言ってステージから去って行かれました

本当に奇跡的な4人組
個性が全くバラバラなのに、一緒になると無限のエネルギーを発して、私たちを本当に(×100)幸せにしてくれる4人
100歳を待たずに、既にいつも私たちをparadiseに連れて行ってくれてありがとう。


6月8日・9日1部セットリスト

1.ジャニーズ A GO GO
2.ルート17
3.CROSS TO YOU
4.Party
5.BACK IN THE CITY
6.Midnight train
7.STAND OUT
8.TIME ZONE
9.秋
10.DAYBREAK

アンコール

11.FOXY LADY
12.Rolling Thunder Baby
13.パズル

6月8日・9日2部セットリスト

1.ジャニーズ A GO GO
2.Rockin’ my soul
3.Rollin’ in the dark
4.赤ちょうちんでくらせ
5.目で見ちゃだめさ
6.Midnight train
7.ロックよ静かに流れよ
8.TIME ZONE
9.秋
10.DAYBREAK

アンコール

11.FOXY LADY
12.Rolling Thunder Baby
13.パズル

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男闘呼組2023 THE LAST LIVE 熊本レポ


火の国、熊本でのライブは、これまでの会場と比較しても非常に熱いものになりました。

ファイヤー!と何度も叫ぶ昭次さん

ほんと最高!ライブ最高!熊本最高!と何度も叫ぶ和也さん
「30年前、不良でした!今も相変わらずだけど!」
「皆の顔、めちゃめちゃよく見える!いい顔してる!」
「今日は躍らせて!叫ばせて!筋肉痛になって、最高の思い出作ってやるぜ!」
と、とても嬉しそうに叫んでいました。
1部のロックよ静かに流れよでは、声が出にくそうだったのでとても心配になったのですが
そこから持ち直して、2部まで全力で突っ走っていました。

昼の部やって、もう1回なんてできないよって思ってたけど
みんなの火の国パワーはすごい!と健一さん。
熊本のパワーをもらって2部も全力でパフォーマンスができたのかもしれません。
なんせ、健一さんの1回のライブでの運動量は破壊的だと思いますので。 1部は、2部と比べて空席が目立ったのですが、
逆に身体を身体を動かしやすいこともあってみんな踊りまくり、叫びまくり
会場が一体となったライブに大興奮でした

もちろん会場が満員の人に埋め尽くさされている方が良いのは間違いないのですが、
このような状況でも、ライブに参加しているファンに最高のライブを届けようとしてくれる彼らに、
最高に盛り上げて感動的なライブを作ったファンの皆さんに、
感謝の気持ちで胸がいっぱいになったライブでした

「赤ちょうちんでくらせ」の前の寸劇では、
耕陽さんが和也さんの父親という設定で繰り広げられました
この日の健一さんの名前は「ひとみ」さん
熊本出身とのことで実在するひとみさんは、みなさん目をハートにしていたかもしれませんね。
(日本人の名前は初!)

健一さん
「男闘呼組最後の熊本でのライブに、貴重な時間と貴重なお金、、
ここにくるまでのあれやこれやあったと思う。
男闘呼組が再結成してライブができるということ、ちょっと前まで考えられなかったと思う。
だけど、もう1回集まってみたいと思ったのは、男闘呼組をもう一度見たいという皆さんの想いが届いたからです。
生きていればいいことはたくさんある。
自分たち一人では作り出せない。メンバー、スタッフがいたから。
何よりもライブにきてくれる皆がいて、この時間が成立している
最高に幸せな時間があればあるほど、戦争で命を落としてしまう子どもたちのこと
ウクライナの人、ロシアの人のことを考えてしまう
人の命を奪う戦争は心から反対しています。
日本の平和で豊かな気持ちが伝われば戦争もなくなるのかなと思う
ゼレンスキーとプーチンが2人で戦えばいい。
関係ない人を巻き込むなって思う。

毎日命がけで生きていても、急に病気になったり怪我したり、色んなことがある
だからこそ、この瞬間瞬間を大切に生きていきたいと思う
みんながいるからこそ、そのことを強く感じている
ここにいるみんな、本当にありがとう。本当にありがとうございます
本当にみんなのおかげです
熊本での男闘呼組の最後ライブをいつまでも胸に秘めて明日から幸せに生きていきましょう」

昭次さん
「まさかホントに熊本で男闘呼組のコンサートができるなんて本当に幸せです。
31年ぶり、、、その間に色んな事があって、僕たちはいったん離れて。。。
でも、この出会いがあったからこそ、またこうして再び会うことができた
健一も言っていたけれど、生きていれば楽しいこともあるし、つらいこともあると思う。
つらいことの方が多いのが人生だとも思う。
だけど、そこを乗り越えた先に希望とか新しい未来が拓けるんだと、再始動するまでの間に実感している
会場でみんなの笑顔を見るだけで、めちゃくちゃ感動して、悲しい涙ではなく感動の涙を流している。変な言い方だけどそれくらい嬉しい。
今日も素敵な光景ですよね。。最高です。。
男闘呼組のスピリッツを永遠に引き継いでいきます。
また違う形で熊本にはきます。またみんなの顔を見たいので。。(涙)
健康に気を遣ってみんなで長生きしよう!」

耕陽さん
 「男闘呼組を再始動して、30年ぶりに全国ツアーに出て、本当にお客さん来てくるのかな?という不安があった
 こんなに温かく迎えてくれて本当にありがとうございます
 活動を休止している間、熊本の方たちも大きな被害にあった方もいると思う
 僕らの音楽で元気になってくれたら嬉しいです
 今日のライブ、一生の思い出になりました。」

和也さん
「今日は本当にどうもありがとう!
これが最後じゃないから。。。また必ず熊本に帰ってくるので
その時は、また会いにきてね。本当にありがとう。」

4人それぞれの挨拶は、いつも涙なしには聞いていられないのですが、
昭次さんが、挨拶の途中からずっと泣きっぱなしで、こちらももらい泣きしてしまいました。。
山ばかりの山あり谷ありの人生を乗り越えてきたからこその重みのある言葉でした

耕陽さんも和也さんも、とても優しい声でファンに語りけてくれました。
「これが最後じゃないから・・・」と言ってくれた和也さんの表情と声色をこれを読んでくれている皆さんに何とかしてお届けしたいです。。。

優しくもあり、泣き笑いのようなその表情で、私たちをなぐさめてくれるかのような柔らかな声。。。
涙が滝のように流れました。

健一さんも挨拶のラストのありがとう、で声をつまらせていました。

火の国ファイヤーと言う意味合いもあってか、
アコギコーナーはなく、その代わりpartyと赤ちょうちんでくらせの最高潮に盛り上がる曲の2本立て
私たちだけではなく、メンバーも休憩時間がなく体力的なハードな公演だったと思いますが、
耕陽さんんの言うとおり、一生の思い出になるライブでした


<赤ちょうちん前の寸劇模様>
・あんた和也のどこがいいの?(お父さん)
・熱くて熱すぎて、溶けてしまうところ(ひとみ)
・健一さんと和也さんのキスの時間はおよそ5秒 過去最長でした
・耕陽さんが「なぬー!」と叫んだ後に、会場全体で「なぬー!」と叫んで盛り上がりました
・「うちはからしレンコンと赤牛しかないけど大丈夫かい?」(お父さん)
・(仲人がお父さんにキスした後)こんな居酒屋の頑固おやじにキスしてどうすんだ?(お父さん)
・昭次さんが耕陽さんに「あなたお名前は?」と聞かれたのに対し「・・・・」(長い沈黙)
・答えに窮する昭次さんに、「あ、みねさ さんね~」と機転を利かせていた耕陽さん


<ライブメモ>
・暑かったら脱いでもいいんだよ。昔よく脱いだじゃん(和也さん)
・俺らもよく脱いだけどね。。(健一さん)
・30年以上の間、みんな色んな事があったと思う。俺たちにも色んなことがあった。世界中でもいま色んな事が起きている。そんな中で、いまこの場でこうして生きていられること自体が奇跡(健一さん)
・1部のRollin’ in the dark 昭次さんの歌いまわしは、色っぽさ炸裂でした
・デビンさんのスマホ待ち受け画面は昭次さん
・90年に熊本市民会館でライブをした時は土砂降りの雨で、雨漏りしてる中でのライヴだった
・くまもんにも会いたかった・・・でもやっぱりみんなに会いたかった!(昭次さん)
・33年ぶり、みんな全然変わってないね。むしろ若返ってる!(昭次さん)
・熊本最高!大好きです!愛してます(昭次さん)
・8月25日の武道館ライブで男闘呼組で解散しますが、俺たち4人の友情は永遠です(和也さん)
・俺たちとファンのみんなとの友情や愛はずっと変わらないから!これから未来を見据えてみんなで一緒に歩いて行きたいと思う(和也さん)
・曲間で自然と拍手(手拍子)が沸き上がり、お客さんが次の曲を待ちきれない!という雰囲気が随所に見られました

<熊本セットリスト 1部2部>
1.ジャニーズ A GO GO
2.ルート17
3.Rollin’ in the dark
4.Party
5.赤ちょうちんでくらせ
6.自分勝手
7.ロックよ静かに流れよ
8.TIME ZONE
9.秋
10.DAYBREAK

アンコール

11.FOXY LADY
12.Rolling Thunder Baby
13.ヨッテタカッテ
14.パズル

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男闘呼組2023 THE LAST LIVE 福岡レポ

台風の影響が心配された福岡公演でしたが、福岡上空からは台風が逸れ、
ライブ開始の15時には太陽が顔をだすくらいまで天候が回復しました

耕陽さんも言っていましたが、みんなのパワーで台風がそれてくれたのかもしれません

31年ぶりのサンパレス
4人で帰って来てくれた福岡
和也さんが
「サンパレスに戻ってこれると思っていなかった
でも俺たちいまサンパレスにいる!
31年分の想い込めて最後の男闘呼組を見せるよ!」
と客席に呼びかけると
おかえり~という声が飛んでいました

青山さんの代打は、青山さんの愛弟子のカツオくん
(本名はりょうたろうと言うそうなのですが、名字が磯野のため、カツオと呼ばれているそうです) 若干25歳(和也さんの次男坊と同い年)
これからが楽しみなドラマーさんです
和也さんは「シンデレラボーイ」と呼んでいました

福岡は昭次さんのお父さんの出身地ということもあり「地元」にあたります
昭次さんは、自分のことを「福岡と名古屋のハーフです!」と言っていました

2部の衣装では昭次さんの右肩付近にあるトラのTATOOが行方不明に
UNDERWAREなのか何なのか遠目には分かりませんでしたが、単純に衣装の形状で見なかったようです

和也さん
「ライブツアーで毎回全力でやっているから、体中あちこち大変なことなってる」
「でも、みんなの前にでるとまたやっちゃうんだよ!」
青山さんはB’zのライブに行っていて不在。
「(B’zに)先にとられちゃった」と笑いを誘っていました

今日もワンピース
もはやスカートしかはかない男!
と和也さんに紹介された健一さんは
「この1回に全てをかけるので、みなさん良い時間にしましょう!」

胸に光る男闘呼組のペンダント!の昭次さんは
「地元に帰ってきたぜ!」
「オヤジの地元~福岡!」
「豚骨がなつかしい、紅ショウガが愛しいです!」

と叫び、会場を盛り上げていました。


<MCでの昔話>
アルバム「参」のレコ―ディングでロンドンに行った時のこと
急にホテルの部屋に帰ってこいという指令が健一さんから耕陽さんに出たそう
ホテルに戻ると3人が並んでて、日本に帰るのをやめるという
なんでも、MTVの取材受けたときに男闘呼組がスウェーデンで1位になってことを知り、このままヨーロッパに残って活動をしようと思いついたようです
これはチャンスなんじゃないか、鉄は熱いうちに打て、と思ったと健一さん
帰らないために彼らが考えた究極の手段が「パスポートを燃やす」(笑)
当時、破天荒な行動をとることはテレビで目にしたことはありましたが
本当に考えることがやんちゃすぎて、びっくりです。
和也さんが「当時は本当に滅茶苦茶だった。今でも滅茶苦茶だけど」と。
心配なので、耕陽さんが全員分のパスポートを預かったそうです
リーダの耕陽さんは、当時本当に相当苦労されたんじゃないかと容易に想像ができました

その後に歌った「Midnight Train」の副題は「男闘呼組やんちゃ前」だそうです。。
(この歌を歌った後くらいの時期からやんちゃに拍車がかかっていったようで)
この曲は、メンバーのお気に入りの曲でもある名曲という紹介で歌が始まりました

最後の挨拶

健一さん
「時間は過ぎていくばかり、戻ることはない
まずは隣人を愛して、家族を愛して、友だちを愛して、会社の同僚を愛し、その辺で出会う人も愛し、 健康でいれば今以上にいいことは転がっているはず。
楽しい時間があればあるほど、ウクライナの戦争でたくさんの人が無意味に命を落としている現実や、 自殺するほど悩んでいる人がいることを考えてしまう。でも、まず自分たちが幸せでいたいなと思う。
幸せな時間は、僕たちだけでは作れない。
ここにいる人たちのお陰で素晴らしい時間を過ごすことができた。
貴重な時間、お金を男闘呼組に費やしてくれてありがとうございます。
1人1人を抱き締めたい、キスしたい。
本当にみんな素晴らしい顔をしています、美しいです
人生は素晴らしいことばかりじゃない、どちらかというとそうじゃないことの方が多いかもしれない。
でも、音楽を通してみんなと一瞬だけでも一つになって、幸せな時間を過ごせたことに感謝します
4年前までは、この男闘呼組でまた音楽をやるだなんて考えてもいなかった
メンバーと再会して、音を出して気持ちが通じ合いつながって
そして今度はこうして来てくれる人がたくさんいる
正直、こんなにたくさんの人が来てくれるだなんて思っていなかった
多分デビュー当時よりも今の方が人気あると思います
NHKのSONGSにでます、かなりおもしろいので見て下さい
健康診断ちゃんと行って、(みんなが笑うと)いや笑いごとじゃないんだよ、なんで笑うの(怒)(笑)
生きていると楽しいことがたくさんある、素晴らしい出会いもある
ぜひまた会いましょう」

昭次さん
「地元、福岡でこんな最高なライブができて本当に嬉しいです。
平日のライブは、有休をとったりするの大変だったと思う。
ぼくはその気持ちが痛いほどわかるので。

小学校3.4年生くらいの時に初めて福岡にきた。
オヤジが小郡市出身でブルートレインに乗って家族でおじいちゃんの家に行った。
初めてかいだ豚骨のにおいが忘れられない。

4人の出会いと再会に感謝します。ありがとうございます。
再始動のここまで、どれだけの人が応援してくれて、支えてくれて、励ましてくれた。
だからいまここで演奏ができているのだと感じています。
本当にここにくるまでたくさんのスタッフの方たちに支えられた。
ファンのみんなが31年もの間、ずっと待ち続けてくれたことが本当に嬉しい。
男闘呼組としての福岡は最後になりますが、男闘呼組スピリットを引き継いでまた違う形で福岡に帰ってくることを目指して 音楽を続けていく。
みんなの心に響く音楽を作っていきたいと思うので、これからもよろしくお願いします。」

耕陽さん
「各土地で暖かく迎えてもらって、僕らは幸せな日々を過ごしています。
いつも最高の思い出を作ろうという思いでステージに立っていますが、福岡でもまた素敵な思い出作ることができた。
また4人で男闘呼組をやろうという話になった時に、こんなにたくさんの人たちが集まってくれると思っていなかった。
ライブを行った会場それぞれで、皆さんの表情を見ていると本当に皆さんも輝ている
ずっとこの風景を見ていたいなって思う
男闘呼組としての福岡は最後になるけれど、新しいスタイルで男闘呼組の魂を引き継いでいきます!
みんなからもらったパワーでまだまだ走り続けます」

和也さん
「生きていれば色々あって、誤解されることや悲しいこともある
でもメンバーの顔を見ると、それだけでやっててよかったなと思えます
そしてこうやって、みんながこんなにたくさん集まってくれて
俺たちのライブを喜んでくれる
本当に俺たちは幸せな四人組です
ありがとう」


和也さんの最後の挨拶にもありましたが、様々なつらいことがあっても4人でいれば、それだけで幸せなのだということ。
4人の絆の深さを福岡でも感じました
昔から変わらない和也さんの真っすぐな姿勢は昔と全く変わっていないことを
ファンの皆さんはよく理解していると思っています
「ルールに従わないヤツは爪弾きにされる、俺みたいに!」
と和也さんが「自分勝手」の際に叫んでた時、会場からは笑い声があがりましたが
「世間から批判されても、ファンのみんなが味方です!」と和也さんも言っていたとおり
ファンのみんなは和也さんが伝えたいことをよく理解していると思います。
大人になることはすばらしいことですが、昔のやんちゃな部分が少し顔を出すことがあってもよいと思います。
こんな素敵な4人組をいつまでも見つめていたいです
健一さんはいつも、ライブ会場が世界で一番安全で幸せな空間だとおっしゃりますが、
4人の強い絆とそれぞれメンバーを思いやる気持ち、ファンへの感謝の気持ちが混ざり合って大きなエネルギーとなり幸せな空間は形成されていて、そこにファンが集まることで大きな化学反応が起こっているような気がしています。

福岡にも、また戻ってきてほしいです


ここからは、ライブシーンを一部を紹介します

<「赤ちょうちんでくらせ」前の寸劇>

名古屋から始まった新しいストーリー
和也さんが31年ぶりに実家?に戻り、婚約者の健一さん(クリスティー)を紹介するというもの
昭次さんが2人の仲人役という設定です
お母さん役の耕陽さんが、健一さんを見るなり
「いやー、スカートはいてるじゃない、ギリシャの彫刻みたいな顔をしている」と驚き
「まさか結婚の報告に帰ってきたの?」(お母さん)
「僕たちの愛を認めてほしい」(和也さん)
「あなた、和也のことをどれくらい好きなの?」(お母さん)
「このくらい(といって、両手を横に広げる)」(クリスティ)
「それだけ?うしろくっつくくらいじゃなくて?(といって腕を背中の方まで回す)」(お母さん)
「二人の愛がどれくらいものか見てみたいわ」(お母さん)
健一さんが和也さんの方に歩み寄り、両手で顔をおさえてキス
昭次さんを見て
「あの人は?」(お母さん)
「仲人さん」(和也さん)
「確かに仲人さんみたいな恰好をしてるわね(燕尾服のようなジャケットに赤のチェックのパンツ)」 昭次さんが耕陽さんのところに歩み寄り、両手で顔をおさえてキス
「私とあなたがなぜ?(笑)私と仲人さんがおかしな関係になっちゃうじゃないの~」(お母さん)
「2300人の友達が来ている、入れてもらえるかな」(和也さん)
「生ビール飲もうぜ~!!お母さん、2300杯頼みます~」(仲人さん)


<ライブメモ>
・健一さんが、水を口に含んで客席にスプラッシュすることが恒例になっていますが、「健水(けんすい)」と耕陽さんが呼んでいました
・成田屋~の掛け声に昭次さんは反応していました。和也さんも、成田屋がお気に入りに
・赤ちゃんのような鳴き声が聞こえた時に、和也さんが「今日は赤ちゃんも来てるね」と
・赤ちゃんの寸劇の前、耕陽さんがキーボードの陰で一生けん命エプロンつけてました。
・昭次さんが歌いながらピックのアクセサリーを握りしめる仕草を最近のライブでよくするようですが、福岡ではDAYBREAKの「俺たちの夜があける~」でアクセサリーを強くにぎりしめながら、少し持ち上げて愛おしそうな表情で熱唱していました
・スピーカーに向かって振動を感じアドレナリンがでまくっていると言っている昭次さんですが、福岡では健一さんも一緒にスピーカーに張り付き爆音を感じながらギターを弾いていました。

昔の小話第二弾 「村祭りの男闘呼組が来て大騒ぎになった話」は、後ほど追記しますね
走り書きのようなレポで誤字脱字も多いと思いますが(見つけたら訂正します)、少しでも会場の様子が伝われば嬉しいです。


<福岡セットリスト>
1部
1.ジャニーズ A GO GO
2.ルート17
3.Rollin’ in the dark
4.Party
5.自分勝手
6.Midnight train
7.ロックよ静かに流れよ
8.TIME ZONE
9.秋
10.DAYBREAK

アンコール

11.FOXY LADY
12.Rolling Thunder Baby
13.パズル

2部
1.ジャニーズ A GO GO
2.ルート17
3.Rollin’ in the dark
4.赤ちょうちんでくらせ
5.自分勝手
6.Midnight train
7.ロックよ静かに流れよ
8.TIME ZONE
9.秋
10.DAYBREAK

アンコール

11.FOXY LADY
12.Rolling Thunder Baby
13.パズル

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男闘呼組2023 THE LAST LIVE 前橋レポ①(感動編)

前橋で東日本エリア前半のライブが一区切りつきました。

前橋も最高のライブでした。「最高」以上に最高を表現する言葉があったら、それを×10くらいしたい気分です。

仙台で地方への本格的なツアー場始まったわけですが、どの会場も本当に言葉にならないほどの感動の連続です。全てを後世に残せたらなぁと絶対に叶わないことを考えてしまうほど、熱く燃え、彼らの想いに涙した時間になっています。

前橋のレポは仙台同様、前半と後半に分けて記載します。(前半はMCを中心に)

「3年くらい前に男闘呼組の曲やってみようよってことになって、27年ぶりにに名古屋に集まって音を出した瞬間、男闘呼組の4人でライブをやっている光景が見えた。浮かんだからには実現したいなと思い、気持ちは伝えていたけれど、そこから、今こんなこと(すばらしいこと)になっている。」「27年会ってなくてよかった(笑)(休止したことは)男闘呼組の運命だと思う。」「93年にまわっていないところに行きたい、客が数名だっていい。まずはライブをやろうよ、ということでとってもらった会場。そしたらこんなにいっぱい人が来てくれて、20代の頃には見られない光景を見ることができ、生きていてよかったと思う。」「当時、ライブに来られなくなってしまった人もいたと思うし、つらい思いをさせてしまった人もたくさんいると思う。それは自分たちの責任だなと思うこともあって、それを解消したくて今集まっている。1日2回もこの前橋でライブができることは本当に幸せ。ありがとうございます。良いエネルギーと良い空気を持って8月まで突っ走っていきたい。」「それ以降も俺たちは音楽をやり続けると決めた。また会いましょう。ありがとう。みんな長生きしましょう。俺も長生きしたいけど、いつ何時何があるか分からないから、今のこの一瞬一瞬を大切に過ごしていきたいと思う。本当にありがとうございます、愛してます」(健一さん)

「皆さん今日はありがとうございます。今日も最高の1日です。こんなにたくさんの皆さんが応援に駆けつけてくれて嬉しい。」「色々話したい事ある、話すと長くなってしまうと思う。僕は10年以上音楽の仕事を離れて遠ざかっていたのですが、その間、色んな経験をさせてもらえた。でも本当につらい時期も正直あった。人生の中で最悪、最低な自分もいたと思う。だけどそんなことばっかり思っていても先に進めないと思い、当たり前のことだけど一生懸命前を向いて頑張るしかないということだけを思ってやってきた。でも突然すごい悲しみに襲われることもあって、なかなか立ち直ろうとしても立ち直れないこともあった。いまやっとそういうことを乗り越え、その先にまた男闘呼組メンバーと再会できるなんて思っていなかった。本当にありがとう。(3人を見ながら)和也、健一、耕陽、本当にありがとう。4人をめぐり逢わせてくれたジャニーさんにも感謝しています。」「31年ぶりだというのに、こんなに素晴らしい男闘呼組のファンのみんなが駆けつけてくれて嬉しいです。心配や迷惑をかけたことがあった。その分こうして音楽の仕事をさせてもらうことができるようなったので、ボーカリストとしてギタリストとして、また一つ上の極みを目指して頑張っていくので、これからも男闘呼組とRockon Social Clubをよろしくお願いします。」「健康第一、岡本健一で!体を労わって。今日は母の日。お母さんに感謝を伝えてください。本当にありがとうございました。」(昭次さん)

「30年ぶりに活動をする。そういうバンドはだいたい東京の大きな会場で1回ライブをやって終わりにすることが多いのだけど、僕たちは30年前に中止になったところをまわりたい、みんなの顔やノリを近くで感じられるところでのやりたいということでツアーをまわっています。」「皆さんからすごいパワーをもらった。8月は武道館があります。そこでは今よりも最高のステージにしたい。また会いにきてください。」「昭次が僕ら3人に感謝してると言ってくれましたが、ステージに戻ってきてくれてありがとう!僕ら4人の友情は永遠です!」「みなさん、昭次が戻ってくるときに歌った歌「パズル」のピースになってください」(耕陽さん)

「本当に、このバンドにいれて最高だ。俺たちまだまだたくさん可能性秘めているから。。。SONGSにも出る。最高な演奏を日本全国に届けたい。本当にどうもありがとう!みんな愛してるよ!」(和也さん)

みんなでパズルを歌おうというと和也さんが呼びかけで、パズルがスタートしました。和也さんも昭次さんも涙・・涙・・・それでも自分のパートをしっかり歌い切り、後半は私たちファンのみでの合唱となりました。和也さんも顔を崩して涙顔。そんな感動的なシーンのラストは「(パズルに)なったんだ~」の入りをフライングしてしまい笑いに。。そんなところも男闘呼組ファンらしくて良かったと思います。

パズルを歌いながら涙が流れました。これは単なる感動の涙ではなく、最後の4人の挨拶も踏まえて、「パズル」のストレートな歌詞、美しいメロディを感じながら、4人の絆がより強固なものになっていることを、私たちファンとも魂でつながっていることを確認するような時間になったと感じたことによるものだった気がしています。

1部も2部も、昭次さんは自分の言葉で自分の気持ちを一生懸命伝えようとされていました。その言葉、一つひとつに、とても重みがあり、昭次さんの強い覚悟を感じました。

雑誌の取材で既に話をされている内容もありましたが、これまで過ごしてきた苦しみの時間、それを乗り越え努力を続けてきた先にあった4人との再会、男闘呼組の再始動。感謝と決意。芸能界だけで20年以上も生きてきた昭次さんが、一般の会社員として地道に働いていくことは本当に大変だったと想像します。同時に悲しい出来事にも直面しています。名古屋では、素直に学ぶという謙虚な姿勢を貫いてきたからこそ、たくさんの人に愛され、支えられてきたように思います。以前、自分は人に恵まれたとおっしゃていましたが、昭次さんの人柄がそういう環境を作っているのかなと、昭次さんの話を聞いているといつも思います。

ライブでこのようなことを話すのは、怖いところもあったと思います。それができるようになるほど心が強くいられるのは、メンバー4人でステージ上にいられることが大きいのではないかと思います。もしかしたら、今も突然の悲しみに襲われることが完全にはなくなっていないかもしれません。孤独な時間は色々な感情が襲ってくるものです。でも今は、4人でいる時間や4人がつながっているということが、大きな安心感につながっているのでしょう。男闘呼組のメンバーと居る時の表情は、若かった頃を彷彿とさせることが多いです。

健一さんは、いつも淀みなく自由に自分の考えを話してくれます。活動休止は男闘呼組の運命だったんだという言葉、きっとそうなのだろうと思いました。ただその運命を休止のまま終わらせずに、解散ということになるけれど再始動への道筋を作ってくれました。これが運命の導くままになのか、運命を変えるほどのエネルギーで実現した結果なのか定かではありませんが、空白の30年間には確かな意味があって、必要な時間だったのだということが納得がいった瞬間でもありました。そして、健一さんの口からもこれからも音楽をやり続けるということを聞けて嬉しいです。

耕陽さんは、いつも端的に気持ちを伝えてくれます。今日も分かりやすい言葉でシンプルにファンへの感謝の気持ちと昭次さんへの気持ちを伝えてくれました。私たちはいつも昭次さんに戻ってきてくれてありがとう!と思っていましたが、耕陽さん自らが公の場でそのことを伝えてくれるのは本当に感動的でした。

和也さんは、MCでのしゃべりが多いためか、挨拶の時間は、とても短い(あるいは何も言わないか)のですが、男闘呼組のメンバーでいられることの喜びが伝わり、私たちも男闘呼組のファンでいられることの幸せを感じます。

感動的なライブが開催されている中で思うのは、これまでの男闘呼組4人の奇跡のようなストーリーは、いま、現在進行形で全国各地のファンとともに作り上げられていて、8月の武道館ライブで完成するのだということ、それ以降にどんな新たなストーリー展開が待っているのかも、とても楽しみです。

私たちの愛して止まない男闘呼組は、こんなにも素晴らしい絆で結びついているグループで、たくさんの感動をもらいながら、4人をこれからも応援し続けることができる幸せに感謝したいです。

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